[I] 「セレンディッポの三人の王子、インドの女王、バフラーム王と七つの宮殿」

かつて東方の国セレンディッポにジャッフェルという名の強大な王がいた。思慮深く愛情に満ちた父親として、三人の息子がいずれも大きな力を持つ王となってほしいと願い、君主に必要な能力すべてを身につけるようにと考えた。王国全土を調べ上げて各々の学芸の達人を召抱えて、その境遇にふさわしい大広間を与えた。そしてかれらに息子たちの世話と教育を託すと、他人の出入りを禁じた。感謝しきれないほどの報奨が約束され、王の子息にふさわしい教育を施すよう命令が下った。こうして家庭教師たちは若者の訓育にとりかかった。かれらは、君主の命令に従って各々の分野で大いに努力した。生来素晴らしい才能の持ち主である若者たちは、しばらくすると君主にとって必要不可欠な事柄と学問において同年代の若者とは比べようもない教養を備えた賢者となった。ある日、そのことを伝えられた王は、そんなに早い上達が信じられず、自分で確かめようと考えた。すぐに自分の前に長男を呼び寄せるとこう話しかけた。

「息子よ、この大帝国の重荷と広大な王国の支配を、わたしがどれだけ長い間支えてきたかお前は知っていよう。わたしの能力が及ぶかぎり、わが人民と臣下をつねに愛情と自愛によって支配し、自分のためではなく、神の戒律を守り続けてきたことを。今、わたしは年老いた。臣下と王国支配下にある辺境地の利益のためにこれまで長い間努力してきたが、残されたわずかな時間を自分の魂のために使っても悪くはあるまい。そこで、ここから遠からぬ僧院に隠遁することにした。犯した罪と魂が被った侮辱を静かに思い巡らし、できる限り改悛をして神の御慈悲を希い、あらゆる過ちの許しを得たいと思う。ここにお前を呼んだのは、長子たるお前がこの国、わが帝国の支配権を相続するよう命じるためである。まず第一に、弟たちを息子として扱い、ふさわしい配慮と愛情をもって接しなさい。それからすべての者に対して公正な正義を貫き、なにをするにも主たる神を第一とし、お前の帝国の臣下と領臣を、慈悲と愛情で支配しなければならない。特に貧しく困っている人たちに対しては。年老いた者を認めて褒章を与え、邪悪な者は処罰するのだ。権力のすべては、主たる神と帝国の法と規則を守るために使いなさい」

父親のこの言葉と決心を聞いて、思慮深く賢明な息子はひどく驚いたが、まずふさわしい敬意を表すと、こう答えた。

「陛下、あなたの決意と忠告、わたしにせよとお命じになられた事柄は、重々承知いたしました。しかしながら、あなたがご存命でおられるのに、わたしが帝国を支配し司るのは非難されるべきと思われます。しかも、どれほど大きな眼であろうとも眉の上に出ることはなく、太陽の輝きに比肩する物もないとわたしは存じております。帝国の眉であり太陽であられるあなたがご存命であられる以上、誰か他の者が帝国を支配し所有するのはふさわしくないと判断いたします。わたしにお命じになられたことは直ちに実行するつもりですが、あなたがご存命であるかぎり、わたしが王国を相続することはありません。われらの主たる神があなたに長く幸せな年月を贈られることを。あなたが主たる神から御許に呼ばれることになれば、そのときわたしは王国を世話し支配いたしましょう。あなたの思慮深く敬虔な助言に従って正義を守り、神を敬いながら国を支配し導こうと存じます」

思慮深い息子のこの返事を聞いた王はとても安心し、嬉しくなった。最初の試問によって、賢明で思慮深い君主としてのふさわしい美徳を息子が備えていると知ったからである。しかしその場では嬉しい気持ちを押し隠して、息子を部屋から下がらせた。他の二人も同じように試すため、直ちに次男を呼んだ。そして長男と同じような言葉をかけたところ、こんな答えが返ってきた。

「陛下、あなたの帝国が末永く幸せでありますように。そして神があなたにノアのような長命を許されることを。どうかお教えください、巣穴から這い出した蟻が、帝国を支配し統べることができるでしょうか。わたしは非力でつまらぬ蟻でなくていったいなんでしょうか。どうしてわたしが帝国を統率する役を引き受けるべきでしょう。しかも、定めにより跡継ぎとなるべきあなたの長子、わが兄が健康で存命ではありませんか」

とっさに次男がこうした賢い返答をしたことで、王はひどく満足した。こんな価値ある息子の父親となったことで、恭しい信心深い心で神に感謝を捧げた。そして次男を自分の前から下がらせ、次に三男を呼び、やはり他の二人にしたのと同じ話をした。それに答え、若者はこう話し始めた。

「主なる神があなたに幸せな生活を何年もお与えになりますよう。陛下、まだ幼子であるわたしが、そのような大切な重責をどうして果たせるでしょう。わたしは水の一滴にすぎず、御帝国はどこまでも尽きない広大な海のようなものだと存じます。広大な帝国を管轄するなど、どうしてわたしにできましょうか。あなたは、わたしを幼子だとお思いになってからかっていらっしゃる。そんな難題をお命じになってわたしのことを愉しんでおられます。ですが、神のおかげで、わたしも子どもなりに自分の力と能力を知る知恵はありますから、からかっていらっしゃるのはわかります。でないとしても、帝国という重荷をあなたが授けるべきふたりの兄がわたしにはいるでありませんか。」

少年の賢い答えに王はとても感心し、素晴らしく鋭い知性が備わっていると知ってすっかり安心した。こうして三人の息子との会話を通じて、かれらが大いに学問上の成果を収めたことを示す賢明で慎重な判断を聞くことができた。そこで、さらに完璧を期すため、書籍による学問と家庭教師の教えから習得したことを、さまざまな国の風俗習慣から経験を通じて学びとるように、諸国を見物に行かせることに決めた。翌日、三人を自分の下に呼び寄せると、大いに憤慨した様子で、三人のだれも自分の国の世話を引き受けるという命令に従わなかったことに気を悪くしたように見せて、こう言葉をかけた。

「おまえたちの一人としてわたしの命令に従おうとしなかった。お前たちを説得できなかったのだから、お前たちは八日間のうちにわが帝国の国外に出なければならない。不服従な悪い息子にそばにいて欲しくないからだ」

この事態に息子たちはたいへん悲しんだ。そして父親の意図に従い直ちに王国から出た彼らは、バフラームという名の強大な皇帝の国にたどり着いた。ある日、帝都から遠からぬ路上にいたかれらは、駱駝に逃げられた駱駝引きに出会い、道中で駱駝を見かけなかったかと尋ねられた。道々その動物の足跡を見かけていたので、道で駱駝を見たと答えようとと考えた。賢明で知恵のある三人は、逃げた駱駝の痕跡をたくさん見ていて、駱駝引きに自分たちの言葉を信じてもらおうと思い、まず長男が言った。

「なあ、お兄さん、あなたから逃げたその駱駝は片の目が見えないのだろう」これに対して、駱駝引きはその通りだと答えたので、次男が続けた。

「片目が見えない上に、歯が一本欠けているだろう」駱駝引きはこれも認めたので、三男が付け加えた。

「それに、ひょっとして脚が一本悪いだろう」これにも駱駝引きはうなずいた。

三人は言った。「その駱駝なら確かに道で見かけました。しばらく前に通り過ぎました」

駱駝引きは喜んで三人兄弟に礼を言い、教えてもらった道に向かって自分の駱駝を探しに行った。二十マイルも歩いてもまったく見つからなかった。疲れてがっかりして戻ってくると、翌日、別れた場所からそれほど離れていないところにいた若者たちに出くわした。かれらは澄んだ泉の傍らに座り、食事をしていた。駱駝が見つからなかったことを嘆いて駱駝引きは言った。

「あんたたちから教えてもらった道を二十マイルも歩いたのに、くたびれもうけだった。駱駝は見つからなかったが、あんたたちは細かく言ってくれた。からかっていたとは思えない」

それに答えて長男が言った。

「からかっていたのかどうかは、わたしたちが言った証拠で判断できるでしょう。わたしたちの言葉が疑われないよう、他の証拠も挙げましょう。あなたの駱駝には一方にバター、一方に蜂蜜の荷が積んでありましたね」

次男が言い添えた。「駱駝の背に女が一人乗っていた、とわたしは言いましょう」

三男は言った。「わたしたちが言っていることは本当だと分かっていただけるよう、その女は身篭っていたとわたしは言いましょう」

この言葉を聞いた駱駝引きは、若者たちがあまりに多くの事実を言い当てたのを聞いて、教えてくれた道を探して見つけられなかった駱駝をかれらが盗んだのに違いないと思い込んだ。かれは裁判所に行き、道で自分の駱駝を盗んだと若者たちを訴えた。そして出てきた裁判官の前で駱駝引きが三人兄弟を泥棒の罪でひどく罵ったので、かれらは牢に入れられた。このことが皇帝の耳に届いた。国内で山賊の心配なく安心して往来できるように苦労していた皇帝はこの事件に、ひどく心を痛めた。心配した皇帝は翌日若者たちを自分の前に連れてこさせると、駱駝引きも呼び出して、若者らのいる前で、彼から起きたことを逐一聞いた。若者が消えた駱駝について述べた証拠も含めて、細かく事件を駱駝引きから聞いた皇帝は、不思議に思って若者たちにこう言葉をかけた。

「いま駱駝引きが述べた訴えを聞いたであろう。おまえたちが挙げた証拠からして、この者の駱駝をおまえたちが盗んだのは間違いないと思う。お前たちの指示どおりに念を入れて探したのにもかかわらず、駱駝が見つからなかったのだから。そのような悪事を働いたお前たちには死刑を宣告するのがふさわしいが、厳格さよりも慈悲のほうがわたしの性格は合っている。死刑に処す前に、盗んだ駱駝を見つけるようお前たちに命じる。すぐに従わなければ、お前たちは明日の朝一番に泥棒にふさわしい死を迎えることだろう」若者たちは、皇帝のこの言葉と判決を聞いて、自分たちの置かれた立場にひどくがっかりしたが、それでも自分の知恵と無実に力づけられてこう答えた。

「陛下、わたしたちは三人の旅行者で、遍歴の旅をしております。その目的は、諸国、世間にある珍しい文物を見聞するために他なりません。あなたの王国に着いたわたしたちは、この町から遠からぬ場所で、この駱駝引きに出合いました。彼から、見失った駱駝を道で見かけなかったと尋ねられました。わたしたちは駱駝を見てはおりませんでしたが、それでも、道すがらその消えた駱駝の跡は何度も見かけていましたので、駱駝を見たと嘘をつきました。かれに信じてもらえるように、わたしたちはその駱駝の特徴を並べ挙げました。この駱駝引きがいま陛下に申し上げたとおりでございます。それがたまたま事実と一致し、わたしたちが示した道で駱駝が見つからなかったがために、駱駝を盗んだと不当な罪を着せられ、ご覧の通りこうして王の御前で侮辱されております。わたしたちが申し上げたことは事実です。そうでなければ、どんなに過酷で辛い死をわたしたちにお与えになっても満足でございます」この若者たちの言葉を聞いた皇帝は、駱駝引きに告げた六つの特徴が事実だったのが偶然の一致だったとは思えずに、こう言った。

「おまえたちが三人の予言者だとは思えない。いや、行く先々で人殺しをする追いはぎ三人であろう。そう思うのは、消えた駱駝についてお前たちが駱駝引きに言った六つの特徴のどれ一つとして間違っていなかったからだ」

こうして三人は牢へ連れて行かれた。その間、駱駝引きの近所に住む人が所用で出かけた折、いなくなった駱駝を道で見つけた。それが例の駱駝だとわかったので、引き連れて戻って近所の持ち主に渡した。間違っていたと気がついた駱駝引きは、自分のせいで若者がたいへんな危機にあると考えて、慌てて皇帝の下に駆けつけた。そして駱駝を取り戻したことを皇帝に伝え、無実の若者たちを牢から出すように恭しく心から願い出た。それを知った皇帝は、まったく悪事を犯していない若者たちを不運にも投獄したことを後悔し、すぐにかれらを牢から出して自分の前に連れてくるようにと命令した。すぐに役人たちが命令に従って彼らを引き出して連れて来ると、皇帝はまず駱駝引きの誤った訴えでかれらを牢に入れたたことについて謝った。それから、逃げた駱駝の特徴をどうやって言い当てたのかを知りたくて、話してほしいと強く頼んだ。そこで若者たちは皇帝の願いをかなえようと思い、長男が言った。

「陛下、逃げた駱駝の片目が見えないとわたしが分かりましたのは、駱駝が通った道を歩いてくる途中で、道の片側の草が一方よりもよく茂っていたのに、草がわずかに生えている側ばかりがすっかりかじりとられ、反対側はまったくそのままだったのを見たからでございます。そこで、片目が見えないので駱駝は一方の草を見なかったのではないかと思ったのでございます。でなければ、貧弱なまず草を食べておいしい草を残すはずはありませんから」続いて次男は言った。

「陛下、駱駝には歯が一本欠けているとわたしは推測しました。道中ほとんど一歩ごとに、噛まれた草がちょうど駱駝の歯一本ほどの大きさで落ちていたのを見たからでございます」

「陛下、わたしは」と三男が言った。「消えた駱駝の脚が悪いと判断いたしました。動物の三本の脚ははっきりと足跡が見えていましたが、地面についた痕跡から見て四本目の脚を後ろに引きずっていたことに気がついたからです」 若者たちの知恵と思慮に皇帝はひどく驚嘆した。残りの三つの特徴をどうやって言い当てたのかを知りたくて、その先も語ってくれるように頼んだ。そこで願いをかなえるため、ひとりが言った。

「陛下、その動物の片方の荷がバターでもう一方が蜂蜜だったとわたしは気がつきました。一マイルに渡って、道の片側にたくさんのアリがいるのをみたからです。アリは油を好みます。そしてまた反対側には、信じられないほどの数のハエがたかっていました。ハエは蜜を食むのが大好きでございます」

「女が乗っていると」と次男は言った。「わたしが判断しましたのは、駱駝が膝まずいた場所に人間の足跡を見つけ、わたしにはそれが女のものと見えたからでございます。少年の可能性もありましたが、女性だと確信しましたのは、足跡の傍に小用を足した所を見つけ、指を置いて匂いを嗅いだところたちまち欲情を感じたからです。そのことから足跡が女性のものであると思ったのでございます」三男が言った。

「この女は身ごもっているとわたしが判断しましたのは、用を足した後で女が立ち上がる際に体を支えようと手をついた跡を地面に見たからでございます」若者のこの話に皇帝はとても驚き、その知恵をひどく褒め称え、稀な能力にふさわしい礼を尽くしてもてなすようにと命じた。そして君主からこのように褒め称えられた若者たちは、親切に何度も礼を述べて、どんな皇帝の頼みでも引き受けようと申し出た。そして皇帝自らがかれらを伴って部屋に案内すると、王族と同様の扱いで若者をもてなした。毎日少なくとも四時間いっしょにあれこれ議論を交わし、かれらの思慮深さと機敏な才能に多大な喜びを味わった。ときおりその部屋の隣にある小部屋に隠れて、彼らが深遠な話題を語るのを盗み聞きして、満足して立ち去ることもあった。

この若者たちに皇帝は自分と同じ料理を供していたが、ある日の正餐の支度をする際、たくさんの美味な料理の中に丸々と肥えた子羊と貴重な葡萄酒一瓶が出された。そして皇帝は小部屋に入って、かれらの会話を楽しみに聞いていた。若者たちは食卓に着くと、皇帝が供した子羊を食べ、葡萄酒を飲み始めたが、長男が言った。

「今日、極めて貴重な葡萄酒が出されたが、その葡萄は墓地に生えていたと言い切る自信がある。そうではないとは思えない」

「わたしに向かって」次男が言った。「世界中の賢人が口をそろえても、今日この前に置かれた子羊が犬の乳で育てられたことは否定できないでしょう」

しばらくして三男が言った。「兄弟よ、今朝わたしが予見したことはとても口に出しにくいことです。いくつかの徴候から判断して、非常に親切にもてなしてくれているこの君主はかつて大臣の息子を過失罪で死刑にしたことがあり、今その父親は君主を殺して息子の死の仇を討とうとずっと考えています」若者のやりとりをしっかり聞いていた皇帝は三男の話にひどく驚いて、その部屋に立ち入ると胸の苦しみを隠して言いました。「さて、どんな面白い話をされていたところでしたか」若者らは皇帝に敬意を表すと、今はなんの話もしていなかったと答えて、夕食を終えて、部屋から出て行こうとした。しかし皇帝は、話題に自分も加わりたいと強く主張し、入ってくる前に隠れて話を聞いていたことさえ打ち明けたので、かれらは真実を隠すこともできず、すべてを最初から順番に、食事しながら交わした会話の内容を話した。そしてしばらくかれらと話をしてから、皇帝は自室へ戻った。すぐに葡萄酒の倉庫番を自分の下に呼び寄せ、今朝若者の食事に供した葡萄酒は国のどの土地で作られたのかを問いただし、答えを聞くと葡萄畑の持ち主を呼ばせた。畑の持ち主が現れると、その管理している葡萄畑は古くからそうだったのか、それとも建物や未耕作地だったのが最近葡萄畑となったのかと尋ねた。今は葡萄畑として貴重な葡萄酒を生み出すその畑が、二百年前は墓地で死体が埋まっていたことが判明した。こうして確認して若者が言ったことが真実だと知ると、次男の言ったことも真実だったのか確かめようと考えた。三男のことはだれに聞くまでもなかった。過ちを犯した大臣の息子を死刑にしたことは自分自身が知っていたからである。羊の世話をした羊飼いを自分のところに呼んで、その日の食卓のために屠った子羊をどのように育てたのかと尋ねた。羊飼いは真っ青になって震えながら、幼い子羊は母羊の乳以外なにも飲んではいませんと答えた。

しかし羊飼いのおびえる様子を見た皇帝は、本当のことを言っていないと見抜いて、こう言った。「おまえが嘘をついていることはよく承知している。もしここで真実を明かさなければ、すぐにもお前に恐ろしく惨い死に方をさせてやるぞ」「はい、陛下」羊飼いは言った。「命を許していただけるのでしたら、すべて本当のことを申し上げます」約束した後でかれは言った。

「陛下、子羊がまだ小さかったとき、母羊は草原で草を食んでいて、少し離れたところを狼にさらわれてしまいました。たまたま群れの番犬として飼われていた雌犬がちょうど子犬を産んだところだったので、幼い子羊をその犬に育てさせるしか方法がありませんでした。子羊は雌犬の乳で育てられ、陛下に捧げるにふさわしいまでに成長しましたので、今朝、献上物として給仕頭に差し出したのでございます」これを聞いた皇帝は、この若者たちはとびきり優秀な知恵を備えていて本当に予言能力があるのだと信じるようになった。そこで羊飼いを下がらせると、若者のところへ戻って言った。

「あなたがたが語ったことはすべて本当だとわかりました。高貴で優れた予言能力をお持ちで、世界にあなたがたのような人物は他にいないだろうと思います。ですが、今日の食卓でどのような証拠を見つけたのか教えてくださいませんか。わたしに話したことをどうやって言い当てられたのでしょうか?」それに答えて長男が言った。

「陛下、今日、あなたが供して下さった葡萄酒は墓所の葡萄から作られたと予見しました。葡萄酒を飲んだ人の心は愉快になり幸せになるものですが、わたしは最初の一杯を飲んだとたんに深い悲哀と憂愁に襲われました。そう感じたことから、この葡萄酒ができた葡萄は墓地で採れたにちがいないと判断したのです」

「そして」次男が付け加えた。「子羊の肉を何口か食べたわたしは、口の中にひどく塩気を感じ、つばでいっぱいになりました。それで、この子羊は雌犬の乳で育てられたに違いないと気がついたのです」

「そして陛下」三男が言った。「皇帝陛下その人に対して悪意を抱いている大臣の気持ちをどうしてわたしが見抜くことができたか、大変知りたがっておいでです。知っておられるように、一昨日、あなたの御前でわたしたちが悪人の処罰について話しておりましたとき、大臣の顔色がすっかり変わるのをわたしは見ました。悪意ある目つきであなたを見ていたかれは、のどが渇いて水を飲み干しました。水は肝臓をなだめるものとされております。そして、彼があなたから受けたそれほどの侮辱は、息子の死以下ではあるまいとわたしは判断したのです」

若者たちがすべて真実を語ったことを知った皇帝はひどく動揺してこう答えた。「事実はあなたが物語ったとおりだ。過ちに対し、わたしが正しく死刑の宣告を下した息子の復讐のために大臣がどうやってわたしを殺そうかと考えていることは確かだ。だがそんなことを彼の口から告白させるなど、どうしたらできるだろうか。どんなに厳しい拷問をしたところで、かれがそのことを明かすことはないだろうから。そして、その口から告白されないかぎり、わたしは正当な処罰を下すことができない。だが、あなたがたがすばらしい知恵の持ち主であることは承知している。あなたがたならこの事態になにか解決策が見つけられるでしょう」

「その策として」若者は言った。「わたしが申し上げる助言のとおりに陛下がなさればうまくいくでしょう。話を聞いたところでは大臣には寵愛する愛人がいて、どんな秘密でも彼女に打ち明けています。彼女のために陛下がなさるわけではありませんが、死ぬほど陛下がその女に恋焦がれていると伝える方法があれば、大半の女と同じく髪は豊かでも頭の中身は足りない彼女は自分を美しいと思い込んでおりますから、自分が愛を捧げるよう陛下が望んでいるとたちまち思い込むでしょう。それに陛下は君主であり主人ですから、すぐに彼女はあなたの思い通りになると思われます。そうなれば、大臣が心の中で抱いている陛下の身に対する悪巧みを、陛下はかれの口からお確かめになれるに違いないでしょう」

皇帝は若者の助言を喜んで聞き入れた。さっそく賢明で思慮深い小間使いを探して、大臣の女に自分が惚れているふりをして心を打ち明けて、すぐに役目を果たすようにと命じた。そこで彼女は皇帝の命令に従って、女といっしょになる機会を作った。大臣を死なせるかあるいは臣下に命じて女を誘拐させるかして、皇帝が彼女をものにするのは簡単なことだと伝えた。しかしそれは暴君の行いであって、正しい人間的な君主のすることでないので、一切暴力を振るうことを望まず、ただ彼の楽しみを受け入れて欲しいと。大臣の愛人は小間使いの言葉を聞いて、愛を打ち明けてくれた皇帝に自分の名で感謝を捧げてほしいと頼んだ。そして答えた。自分がこれほど惨めな境遇にあるのに、皇帝が慎ましい女に目を留めてくださったことにとても感動しています。皇帝のどんな楽しみにも応じつもりですが大臣は厳しく見張っているので、その方法はひとつしかない。もし、今から言うことを主人である皇帝以外のだれにも言わないと誓うのなら、その方法をお教えしましょうと。

そこで小間使いが堅く沈黙を誓うと、女は話した。「わたしを支配している大臣は、われらが君主である皇帝に対して邪で残忍な考えを持っています。心の中でどうやって殺そうかとばかり考えています。毒の飲物を準備して祝宴をする機会を待ち、その飲み物で殺すつもりです。それを知っているのはわたしだけです。心の中ではこの恐ろしい悪事をどうにか皇帝にお伝えしようと思っていたのですが、今までその機会がありませんでした。あなたがすべて陛下に伝えて、大臣が開いた祝宴の最後に水晶の杯の飲物を差し出されたら、それが毒物ですから、受取ってはなりませんと言ってください。逆にかれに飲ませて悪事の罰として殺し、わたしをこんな悪い裏切り者の手から救ってほしいのです。そうすればわたしはいつても彼の思いのままになります」

小間使いは大臣の愛人が語った話をしっかり聞くとそこを立ち去り、すぐ皇帝のもとへ帰ってすべてを伝えた。そのころ帝国の領土を侵略しようとしたある強大な王に対し大勝利を収めたところだったので、勝利を祝って、宮廷の主な大臣に褒章を与えようと考えた。そのなかにまっさきに例の大臣を加えて、皇帝としてふさわしい褒美を与えれば、大臣はそれをきっかけに計画を実行するだろうと思った。こうして彼に高価な贈り物をした皇帝は、数日後、その返礼として豪奢な食事に招待された。そこで大臣の屋敷へ行くと、盛大に彼から迎えられ、皇帝は貴重な贈り物を受取り、美味な食事が用意された食卓に着いた。そこで音楽と歌と共に食事を愉しんで、卓から離れようとしたとき、大臣は香りたつ飲み物を入れた水晶の杯を自らの手で皇帝に差し出して言った。

「陛下、高貴で偉大な君主であられるあなたが、卑しい僕であるわたしの祝宴に出席される労を厭わなかったのですから、わたしも力の及ぶ限り、陛下にふさわしい食事と飲み物を用意しようと心がけました。わたしが用意させたこの飲み物は世界に類のないもので、数え切れないほどの効能を備えており、なかでも肝臓を強める優れた働きがあります。謹んで皇帝陛下に献上したいと存じます」

これは前もって大臣が用意していた毒の飲物だと見抜いた皇帝は、女から聞いたとおりに答えた。「知っての通り、しばらく前に、罪を犯したお前の息子をわたしは死刑に処したことがある。そのため、息子の死のことでおまえの肝臓はひどく燃え立ったはずだ。そんな効能のある薬をお前から取り上げるのは、お前に対して不親切で愛情に欠けた振る舞いだろう。だから心で受取っておいて、それをお前に贈ることにしたい。もしわたしの前でお前が飲んでくれるなら、そんなに嬉しいことはない」

そうした皇帝の言葉に大臣はひどくたじろいで、自分の計画が失敗したのかと思って、すぐに答えた。「陛下、これは、まことに貴重でめったに手に入らないものですから、わたしではなく陛下の身にふさわしいものと存じます」

しかし皇帝は、彼を自分のように大切に思い愛しているのだ、いつも彼が愛情と尊敬を示してくれたことをよく知っていると返答し、こう言った。「おまえにこれが必要なのはわかっている。もしこの飲み物を取り上げたなら、わたしはおまえに対する愛情にふさわしくないことをすることになる。きっとおまえには良く効くに違いない。肝臓を傷めていないわたしには効き目もないだろう」

こうして、自分の差し出した飲み物を自分で飲むようにと君主が強く言い張るのを見た大臣は、自分の裏切りが見抜かれたのだと思って言った。「陛下、わたしは他人を落とそうと掘った穴に自分で落ちてしまいました。しかしながら陛下の性格はつねに慈悲に溢れていることを存じていますので、今後の生活に警告を与えることでわたしの過ちを許していただけるものと信じます。もし誰かの息子に死刑を宣告なさることがあれば、その父親には宮廷に立ち入ることを許さないで欲しいのです。わたしの息子は自分の過失のせいで陛下から正当にも死刑に処されたことはご存知でしょう。わたしはその後、陛下がひどく心配し褒美を与えてくれたにもかかわらず、心の中からつらい苦しみを捨て去ることができず、体の血がすっかり混乱してしまって、お姿を見るたびに陛下に死をもたらそうと考えてしまいます。あなたから限りない恩恵と名誉を頂いておりますし、息子が死刑になったのは正当なことでしたが、わたしは不当にもこの毒入りの飲物を用意し、これでわが息子の死を復讐できるものと考えたのでございます」

皇帝は大臣の率直な忠告を聞き入れて、その命を助けてやった。ただちに目の前から追い出すと、大臣のすべての財産を税吏に没収させ、三日以内に皇帝の領土外へ出て行くよう命じた。そして、これほどのまでの大きな危険から救ってくれた主なる神に多大な感謝を捧げた。この裏切り行為を明かした女にはたいそうな褒美を与えて、とある有力な領主と結婚させた。

その後、若者たちのところへ戻ると、大臣の祝宴での出来事をすっかり語って聞かせた。そしてたくさんの贈り物を与えて言った。「あなたがたは比類ない思慮と知恵をもっていらっしゃって、たくさんのことを見抜くことができ、わたしの命を邪悪で不実な大臣の手から救ってくださった。そのあなたがたなら、いまわたしが抱えている難題をきっと解決できるでしょう。命にかかわる問題で、すでにわたしに愛情を示してくれたのだから、この頼みをお断りされることはありますまい」

かれらがどんなことでも手を貸すと申し出たので、王は言った。「帝国の古代の哲学者はわたしの祖先からつねに高く評価されていました。哲学者たちはある鏡を発見して、正義の鏡と名づけました。言い争うふたりがこの鏡を覗き込むと、鏡は裁判官の役を務め、不正な要求をする者の顔を黒くするという力がありました。主張の正しい者の顔色は変わらず、この裁判官の元から勝利者として立ち去りました。そのため証人の必要もなく、この鏡の効力のおかげで、人は穏やかに平和に過ごし、この国はまさに天国のようでした。嘘をついたために顔が黒くなった者が元に戻るには、非常に深い井戸の中に吊るされて、パンと水だけで命をつないで四十日間過ごさなくてはなりません。こうして改悛した後に、井戸を出て民衆の前で罪を告白すると、ようやく前の姿形に戻れるのです。かつてはみんな鏡を畏れながら平和に暮らしており、自分の生活に満足して畑仕事に精出していました。品物は溢れるほどあり、他の地域からやってきた貧しい物乞いや外国人は豊かになって祖国へ帰っていきました。主なる神が帝国に敵対する者どもの力を取り上げて、何年も幸せな暮らしが続いていました。そうした時代に暮らしていたわが祖父にはふたりの息子がいました。わが父とわが叔父です。祖父の死後、ふたりは帝国の継承をめぐって争い、父が勝利しました。そこでその弟は復讐する機会を狙い、鏡を盗ませるとそれを携えて逃亡し、インドへ行きました。そこでは一人の乙女が女王として君臨し、王国の統治は相談役に任せていました。叔父はこの乙女に鏡を献上して、その効力を語りましたが、その不思議な力はわが帝国の地を離れては発揮されませんでした。その王国の首都は海岸にあって、毎日、太陽が昇るころになると、大きく開かれた巨大な手が海の上に現れて、日没まで出てきた場所から動きません。夜になると手は岸へ近づいてきて、人をひとり掴んで海の中へ引き込みました。そうしたことが続いて、それまで国の大勢が犠牲になっていました。この災厄にひどく悲しみ苦しんでいた人々は、海辺に鏡を持って行き、手に向けてみようと思いつきました。なにかの解決策になるのではないかと考えたからです。手に向かって鏡を差し出してみると、効き目がありました。それまでは一日に人ひとりでしたが、その後は人間ではなく馬や牛を一頭連れて行くようになったのです。鏡を失ったわが国では、それまでのような幸福がなくなってしまいました。わが父は鏡を取り戻そうと強く望んで、女王に使いを派遣し、もし鏡を返還してくれるならたくさんの財宝を提供すると伝えて、さまざまな議論で彼女を納得させようとしました。彼女の国では鏡の効果はありませんが、この国にあれば以前の情況と平穏が戻ってくるはずだからです。しかしこうした言葉の甲斐もなく、帰国した大使はこう報告しました。『それまで手によって毎日海に引きずりこまれていた人間が馬や牛で済むという効果がある以上、手が引き起こす害に対する解決策が見つからない限り、女王は鏡を返さないでしょう。しかしそのような災厄から国が自由になれるならば、互いの先祖が友好関係にあったことでもあり、優しい女王は鏡を返すでしょう』 しかしわたしの父には解決策が見つからず、以前の平穏な生活を取り戻すことができませんでした。そこで、あなたがたが思慮深く鋭い知恵の持ち主だとわかりましたから、もしこの問題に乗り出してくださるなら、きっとその国を手の災いから解放し、わたしのもとに鏡を持ち帰って、わが帝国の平和と幸福を取り戻してくださるに違いないと思います。もしそうしていただけば、たくさんの財宝を約束します」

皇帝の言葉と願いを聞いた若者たちは、たくさんの親切と名誉を受けたこともあって、直ちにインドへ赴くと約束した。きっとその鏡をもって御前に戻ってくると。皇帝は大いに喜んで、主だった封建領主から何名を供として選び出し、インドへ派遣した。そしてかれらが出発した後は、若者たちが巧緻な賢明さできっと鏡を取り戻すだろうと期待して、とても幸せな日々を送った。歌や音楽を大いに楽しみ、帝国各地から優れた歌い手と楽師を連れてこさせ、豪勢な褒美をわたして、庭や狩場で一日中ふざけあいながら若者の帰還を今か今かと待ち望んでいた。

そんなある日、ひとりの商人が品々をもって町を訪れた。君主が歌や音楽が大好きで、そうしたことにたくさん褒美を与えるという話を耳にした。彼が連れていた女奴隷は、どんな音楽も巧みに演奏し、その業にかけて当時その右に出るものはだれもいなかった。そこで商人が君主に彼女の腕前を伝えたところ、すぐに御前に呼びだされた。娘はディリランマという名前だった。音楽の技量を確かめるために君主の下につれてくるようにと命ぜられて、商人は直ちに従った。こうして娘はふさわしい衣装に身を包み、主人と共にバフラーム王の御前に参上した。稀に見る美貌を備えた娘が御前で演奏した甘美な演奏と歌を聴いて、皇帝は強い愛情を感じた。そして商人に莫大な金銭を与えて彼女を買い取った。豪奢な衣装を着せてやり、王は娘への愛情にひどく溺れて、公用がなければいつも彼女といっしょにすごすようになった。

ある日、彼女と狩に出かけた皇帝は一頭の鹿に出くわし、ディリランマに向かって言った。「あの鹿が見えるか?今、この矢で射止めてやろう。だが、どこを射止めて欲しいか言ってみろ。お前が言う場所をきっと射抜いてやろう」

彼女は答えた。「陛下、わたしは陛下が非常に優れた射手であり、どのような場所でも好きなところを射抜くことは十分承知しております。ただ、どのような一撃をするか述べよとの仰せであれば、あの動物を射抜くときに、一矢で片足と耳とを共に射抜いて欲しいのです」それは不可能なことで、君主でもさすがにできないだろうとディリランマは考えた。しかし高貴で優れた才覚を備えていたバフラーム王は、娘が言ったとおりにやってみせると約束すると、先に球のついた矢を手にしてつがえて放ち、鹿の耳を撃った。衝撃で痛みを感じた鹿が、よく動物がするように片足で耳を掻いたところを、王は間髪入れずに矢を手にして放った。まだ耳を掻いていた鹿は一本の矢、脚を耳の中へと射抜かれてしまった。バフラーム王の優れて賢明な知恵を感じ取った家臣全員が、これにとても驚嘆した。王は嬉しそうに娘に言った。「どうだ、ディリランマよ、わたしはお前の望をかなえてやっただろう」それに対して、娘は微笑みながら答えた。

「陛下、球付きの矢によって鹿とわたしの両方を騙していなかったらそんな芸当はできなかったでしょう。でも陛下が用いたごまかしを使えば、他のだれでも鹿の脚と耳とを射抜けたでしょう」

この言葉を耳にした皇帝は、それがあまりにも無神経な物の言い様で、自分の名誉を傷つける言葉だと思い、さらに宮廷の重臣たちにも聞かれていたので、彼女に対する強い愛情にもかかわらず激怒した。自分の名誉を回復するにはこうするしかないと思い込み、すぐに娘を裸にして後手に縛り上げて近くの森へ連れて行くように役人たちに命じた。夜になって野獣に喰われてしまうようにと。役人はすぐに命令を実行した。嘆き悲しむ哀れな娘を森へ引き立てて行くと、獣たちの間に彼女を放置し、王のもとへ戻って命令が実行されたことを報告した。それを聞いたバフラーム王は、愛情と怒りにひどく苦しみながら、悲痛な思いで帝都へ帰った。その間、ディリランマは手を縛られて森にとどまっていたが、夜になって大粒の涙を流した。そして神のご加護を祈りつつ、どこからか獣が自分を食べに現れるのを待っていた。そして道をさまよい歩いた。神の思し召しで、日が沈んでからその近くの宿営地へ向かっていた商人の一行が、惨めな状況で泣いている娘の声を聞きつけた。そこで一番年長の男が泣き声を辿って、彼女を見つけ出したた。男は若くてきれいな娘に心から同情し、手をほどいて服を着せ、宿営地へ連れて帰った。そこで、あなたはだれなのか、だれに服を脱がされ、縛られたのか、どうしてそんな不幸な目にあったのか、と彼女に尋ねたが、音楽ができることしか聞き出せなかった。そこで商人は宿の主からリュートを渡してもらって娘に手渡した。彼女が奏でた音色と歌の甘美さ、巧みさにはだれもが驚嘆した。娘の技巧にすっかりほれ込んだ商人は自分の娘として引き取り、いっしょに自分の国へと連れて帰った。

一方、帝都へ戻ったバフラーム王は、怒りよりも愛情が勝るようになって、娘をひどく冷酷に扱ったことを後悔した。全権力を使って彼女を取り戻そうと決心し、娘を森に連れて行くよう命令した役人たちを自らのそばへ呼んで、野獣から身を守るため武装した一隊を引き連れて馬に乗ってただちに森へ戻るようにと命じた。そして捜索して娘を発見し、服を着せて、縛りあげた腕を解いて、自分の前へ連れてくるようにと言った。すぐに役人たちは命令に従い、何人かが馬にまたがって森へ行った。しかし、懸命に森をくまなく探しても、商人に連れて行かれたディリランマを見つけることができなかった。そこで翌日かれらは皇帝の御前へ戻り、森を徹底的に探したけれども見つけることができません、領内にはたくさんの野獣がいますから彼女は食べられてしまったようでございますと報告した。この痛々しい出来事に、皇帝はこの世のだれとも比べようのない悲しみに襲われ、強い悲嘆に打ちひしがれて大病を患った。病気によって睡眠を奪われた皇帝は、さまざまな治療を受けてみたが、どうしても眠れなくなってしまった。苦しみで衰弱した皇帝は死が迫るのを待つばかりだった。王国の重臣たちはひどく悲しみ心配して、集まって相談した結果、医者の力で君主が健康を取り戻せないのだから、鏡を取り戻しに行った三人の兄弟がインドから戻ってくるまで、できるだけ食事で皇帝を元気づけようと考えた。かれらが戻ってくれば、知恵にあふれた三人がバフラーム王の病の治療法を見つけるに違いないと思ったからだ。

三人兄弟はインドに到着し、供をしていた皇帝の家臣と王都へ入る前日に、自分たちは過去にバフラーム王と女王の間で取り結ばれた約束に従って王から使わされた者であって、この王国に大いなる災いをもたらす手に対する確かな対策が見つかることを期待していると女王に伝えさせた。そしてその災いを取り去ることができれば自分たちはその鏡を君主に持ち帰るつもりだとして、王都の近くに来たので女王の望みを命じてほしいと言った。この知らせを聞いた女王は大いに喜ぶと祝宴を準備して、町の外十マイルほどまで、準備させた重臣たちに彼らを出迎えさせた。女王に謁見した彼らは、嬉しそうな彼女から出迎えられ、豪奢な宮殿のひとつに通された。贅を尽くした食事が用意されていた。一行は騎馬の衣装を着替えてから、女王の大臣らと共に食卓を囲んだ。そしていろいろなことを話題にして賢明な議論をしたが、時刻も遅くなり長旅で大変疲れていたので、女王の大臣たちに暇乞いをして休むことにした。

翌朝、早く起きた彼らのところへ、女王の相談役がその代理として訪れた。そして高級な葡萄酒と貴重な食事が供された。例の手のためにこの王国が長い間が災厄に苦しんでいると話をした相談役たちに対して、兄弟たちは答えた。

「皇帝バフラームは、今あなたがたの女王の手にある自分の鏡を、彼女が申し出た取り決めにしたがい、取り戻すことを望んでおられます。毎日海上に出現する手が引き起こす災いからこの国を解放して鏡を持ち帰るようにと、わたしたちを遣わされたのです」それに対して相談役は女王が大変喜んでいることを伝え、手の災いから国が自由になればすぐに鏡は彼らに渡されるだろうと言って、若者たちのところから出て行った。相談役は、また翌日早朝に戻って来るからいっしょに海岸へ行き、将来手が現れないように、また国内のいずれの場所にも災いが起こらないようにしてほしいと言い残した。この知らせが町中に伝えられ、人々は信じられないくらい驚き、喜んだ。翌朝若者たちが海岸へ行くことが知れ渡り、夜の間にたくさんの人たちが町を出てその場へ出かけた。朝になると宮中の全員に伴われた相談役が若者たちの宮殿を訪れた。いっしょに出発した一行が日の出の時刻に海岸に着くと、海上に、指をまっすぐ開いた一本の手が現れた。すぐに長男が正面に立ちふさがって、自分の手を差し上げ、第二指、第三指だけを伸ばして他の三本の指を固く握ってみせた。すると、災いをもたらそうとしていた手はたちまち海へと沈んでいき、その後再び現れることはなくなった。

この光景を見物していた群集はひどく驚嘆し、すぐに女王に事件の一部始終が報告された。彼女はこの上なく喜んで、海岸から戻る若者たちを出迎えさせて町の城門で盛大な祝典を催すことにし、彼らのために用意された宮殿へと戻る前に兄弟を自分のところに来させるように命じた。そこで女王からの命を受けた兄弟は王都へ戻って王宮へ足を運び、女王の前に進み出た。手厚く丁重に彼らを迎えた女王は、このような素晴らしい奇跡を起こしたのであるから、その秘密を明かしてもらえないかと強く頼んだ。そこで海から手を追い払った若者は女王の頼みを聞き入れ、その場の人たちから言葉が聴かれない程度に離れたところで、女王に言った。

「女王陛下、今朝、海の上に開かれた手を見たわたしは、五人の者が志をひとつにすれば世界を手に入れることができるという意味に違いないと思いました。手はそれを理解して欲しかったのですが、これまで見抜いた人がいなかったために、あなたの臣民にこのようなひどい災厄を続けたのでございます。神の御加護によりそれを見抜いたわたしは、手の正面に手を差し出し、第二指、第三指をまっすぐ伸ばして他の指を握りこんで示しました。その手が恥ずかしさのあまり海へと飛び込み、二度と現れないようにしたのでございます。志を一つにした五人なら世界の主になれると手は言おうとしていましたから、それは間違いで、五人でなくたった二人でも志が同じならさらに大きな試練にも十分だとわたしは示したのでございます」

この言葉を聴いた女王は大変感心し、若者たちが稀に見る高貴で高い才覚の持ち主であると悟った。彼らは女王のところから退出して、宮中の重臣たちに付き添われ自分たちの宮殿へ戻っていった。

その後、相談役たちは女王のところへ戻り、恩恵を受けたので鏡をバフラーム王に戻すかどうか議論していたが、一番年長の相談役が言った。「今まで見た限りでは、若者らがわが国を多大な災難から解放したことは疑いようがございません。しかしそのうち再びあの手が現れて、以前の情況に戻らないと言い切れるでしょうか?ですから鏡を返却する前に、その可能性について十分思慮せねばならないと私は思います」

この言葉に女王が意見を述べた。「われらはバフラーム王にした約束を違えることはできないし、違えるべきではありません。ただ手が再びわが国を煩わせないよう保証するために、わたしによい考えがあります。それはこうです。わたしをこの王国の主としたわが父王について、よく覚えていることがあります。この世を後にする前、父はたくさんの訓戒を残して言いました。『娘よ、わたしの死後、この王国がお前のものとなる以上、多くの君主と貴族が国を手に入れようと、あらゆる手段でお前を妻としようとするだろう。だが王国を発展させて支えていくには権力と同じように慎重さでもある。次のふたつの謎のうちどちらか一つを解き明かせない者を夫として迎えてはならぬ』とわたしに言いました。『しかしその一つでもお前に答えられる者が見つかれば、その者を結婚相手とするがよい』この若者三人兄弟はその高貴な面立ちからして、どこかの王侯の子息のように思われます。お前たちの一人が彼らのもとへ行って誓いを立て、血筋を明かすようにさせなさい。もし、わたしが考えたとおりで、高潔な血筋の出であると分かれば、三人のうち、父が残した二つの謎の一つを解き明かせた者とわたしは結婚することにしましょう。見たところ高い知恵と多くの思慮を備えた者たちですからきっと解き明かせるに違いありません。そうすれば彼らのうちの一人がわたしと共にこの国の主人として残ります。この先、手がわが民に害をなすことを恐れる必要はなくなるでしょう」

この女王の提案に相談役たちは大賛成して、翌日その一人が若者たちのもとを訪れた。そして彼らと長い時間かけて話をし、手の災いから国を解放した彼らの行いは高い知性と思慮がなくては不可能であり、彼らがだれであってだれの子息なのかを知りたいと女王が熱望していること、素性を明かすように彼らに強く願っていることを伝えた。しかし若者たちはそれまで自分たちの身分を明かしたくないと思っていたので、自分たちは貧しい平民の子で、バフラームの宮廷にたまたまやってきたと答えました。その面立ちや思慮深さ、知識からして、女王もだれもその答えを信じないだろうとして、相談役は言った。

「あなた方が貧しい平民の息子だとはどうしても信じられません。わたしも他のだれもあなた方にこのことで迷惑をおかけしませんから、真実を明かしたと誓ってもらえないでしょうか。あなた方が誓って述べたことをわたしが伝えれば、あなたがたの言葉はそのまま信じられるでしょうから」

誓うように迫られて、かれらは自分たち同士でしばらく議論をした後、真実をあかすべきだと決断した。そこで相談役に近づいて、自分たちはセレンディッポ国ジャフェル王の息子であると告げ、それまで身の上に起きた事柄を誓いを立てて語った。このことを聞いた女王はこの上なく喜んで、若者の一人と結婚することができれば手の災いから永遠に国を解放することができると考え、次の日、かれらを自分のところへ招待して言った。

「綿密な予見と豊富な学識、わたしの国を手から解放してもたらしてくれた恩恵からして、これまでわたしはあなたを限りなく尊敬してきました。偉大なる王の息子であると判った今も同様に、あなたがたがそのような知識を備えた高貴なる血筋であると知ってなによりもまず敬意と尊敬を捧げます。バフラーム王と交わした取り決めにしたがえば鏡を返すことになっています。自分の言葉を破ることはできませんし、またそのつもりもありません。そこで鏡を渡して欲しいとお望みであれば、あなたがたの好きなようにいたします。高貴な血筋であるあなたがたには親切な心もお持ちでしょうから、深い思慮と学識にふさわしい頼みごとをもうひとつお願いしたいのです。ただそれがなにかを明かす前に、否とおっしゃらないとお約束ください」その言葉に対して若者たちはどんな命令でも従いましょうと答えたので、彼女は言った。

「わたしがまだ幼いころ、楽しい記憶であるわが父がこの世を去る前に、倉庫いっぱいの塩を人間が一日で食べきれるかどうか、家臣たちと何日間も議論していたと聞いたことがあります。しかし父は、それを成し遂げられる者をついに見つけられませんでした。あなたがたの思慮深さと賢明さならこの疑問をきっと解けると思います。ぜひそれをお願いしたいのです」その言葉に次男が答えて言った。

「女王陛下、明らかにしたいとお望みでしたら、一日で倉庫いっぱいの塩を食べるのは容易なことだと申し上げましょう。いつでもお好きなときにわたしがご覧に入れましょう」

その言葉に女王は大変驚いて若者の大いなる知恵を尊敬し、翌日その言葉を試してみるよう大臣たちに命じた。大臣らは命令を受けて翌朝早く若者たちの宮殿へ行き、塩の倉庫へかれらを連れて行った。立ち止まると、若者たちは大臣に向かってすぐに倉庫を開けるよう命じた。そうして開かれた倉庫に入った若者は、指先を唾でぬらして塩につけ、何粒か舐めてみせた。そして、これで女王に約束したことはすませたから倉庫を閉めるようにと大臣たちに告げた。これにはみな大変びっくりし、これで約束が果たされたとは思えないという態度を見せたので、かれは言い添えて、女王にかれがしたことを伝えるように言い、自分から女王にきちんと説明すると言った。大臣から知らされた女王は、若者に自分のところへ来るように命じた。彼女の前に来た若者は、たった四粒の塩を食べただけで約束をどうして満足したつもりなのかと尋ねられて、こう答えた。自分が食べたのと同じくらいの塩を友といっしょに食べた人が、友人の義務にふさわしいことをしてくれたとその友を認めることができなかったのなら、倉庫ひとつどころか、倉庫十棟分の塩をいっしょに食べたとしても、友人の義務を果たしてくれたと認めることは決してないでしょう。ですから、これで自分は約束を果たしたと思いますと。

これこそ父親が謎の答えとして彼女に教えたものだったので、王女は大変満足して若者の鋭い知恵を褒め称えた。「もうひとつの謎が」と言った。「残っています。それを解くことができたら、あなたがたは人ではなく神様だとわたしは思うでしょう」

「そのことで」と三男が言った。「女王陛下、もしよろしければ、わたくしめが解いてさしあげたいと思います」そこで翌朝王宮に来るように命じられた。決められた時間になり女王の前に現れると、女王はその部屋からみなを退出させ、第一の相談役と若者だけをそばに残した。そして小さな引き出しから五個の卵を取り出して、若者に対して言った。

「これはご覧のように五つの卵です。そしてこの部屋にはわたしたち三人だけしかいません。あなたのふたりの兄さんはわが王国で素晴らしい手柄を立てたのですから、あなたがこの五つの卵を割らずにわたしたち三人に公平に分けることができたなら、あなたたちのような機知を備えた三人は世界のどこにもいないとわたしは断言しましょう」

「お安いことです」と若者は答えた。「女王陛下、あなたがわたしに命じられましたことは」そしてすぐに女王の手から卵をとって三個を彼女の前に置き、一つを大臣に、そしてもう一つは自分で手にした。「これで、女王陛下」と言った。「一つも割ることなく公平になりました」しかし若者が説明しないと女王が信じない様子だったので、かれは許しを求めて言った。「公平というのはこういう訳でございます。大臣とわたしはそれぞれ下穿きのなかにふたつの卵を持っておりますが、あなたにはございません。わたしがいただいた五つの卵から三つをあなたにお渡しし、一つを大臣に、もう一つをわたしに分けましたから、それぞれ三個ずつというわけで、わたしたち三人に公平に分けたのでございます」女王はこの答えを大変気に入って、少し顔を赤くしながら若者に大変感謝の意を表した。若者は彼女のもとを立ち去って自分の宮殿へ帰った。そこで大臣と残った女王は、偉大なる神の思し召しによって偉大な王の息子であるこの若者たちがこの国を訪れて、それまで大勢の者に尋ねても一人として解けなかった難題を簡単に解いたので、父親の忠告に従い、そのうちの一人と結婚しようと決心したと言った。その決心に賛成した大臣に向かって女王は、翌日若者たちのところへ行き、まず父王の忠告のことを伝え、塩の謎を解いた者の名を尋ねて、自分の希望を明かすように命じた。

相談役は命令に従って若者たちのところへ行くと、女王の望みをすっかり話して聞かせ、塩の謎を解いた者を彼女の結婚相手としたいと伝えた。そのことに彼らはひどく驚いて、相談役の言葉が本当だとは思えなかったが、三人で長いこと相談したあとでこの高貴な結婚を承諾することにした。そして相談役を呼んだ。結婚相手となる若者は、女王からたくさんの愛情の印を受けたからには彼女の願いをかなえたいとして、自分と兄弟の名において多大な感謝を彼女に捧げた。しかし自分たちを国から追い出した父王に知らせた上で婚儀を行うべきであるので、従順な息子として父にすべてを語るため祖国へ戻るためいったんかれらのところを離れ、すぐに結婚の儀式へ戻ってくることにした。若者たちのこうした決心が女王に伝えられ、結婚を承諾したことが伝えられれた。女王は相談役を通じてかれらを自分のもとへ呼び、ひそかに婚約を取り決めると、ただちにかれらに鏡を返すよう命じた。彼女がバフラーム王と交わした約束どおりにかれらが鏡を運んだ後、祖国へ戻って王に結婚の報告をし、その祝福と共に荘厳な結婚の儀式へと戻ってこられるように。

こうして若者たちに鏡が渡された。かれらは大いに喜んで、女王から貴重な贈り物を受取って出発し、すぐにバフラーム王の国に着いた。帰還した彼らが鏡を運んできたと知った王は、病のせいで体調は優れなかったが、とても喜んだ。豊かな知恵を備えた若者たちが、自分の危険な容態に対する方策を見つけてくれるだろうと思ったからだ。

こうして若者たちが帝都へ到着すると、筆頭大臣が王の前に進み出て手に接吻し、健康が優れないことを大変心配しながら、鏡が戻ってきた経過と女王の国で若者が行った手柄について報告した。かれらがセレンディッポ国の王子であるとわかったこと、その後で結婚が予定されているこを王に伝えた。それを知った王はすぐに三人を呼んで、鏡を取り戻してくれたことに深い謝意を表わし、ディリランマの身に起きた不幸な事件を語ってから、知恵と学識でこの病の治療法を見つけて欲しいと頼んだ。それまでその病を治せる人が見つけらなかったので、もしかれらが助けられないのであればまもなくこの世を去ることになると考えていた。若者たちはあれこれ考えると、病のことで大変心を痛めている様子で、まず長男が王に言った。

「この不幸についても、陛下、すぐに何か処置を見出せると存じます。わたしの言うようにしてください。この都から遠くないところに広々として気持ちのいい野原があります。以前の健康を取り戻したいのでしたら、色の異なる七つの美しい屋敷を建てさせてください。そこで一週間を過ごし、月曜から初めて一晩ごとにそれぞれの屋敷でお休みになってください」

「それから」と次男が言った。「陛下の大使七人を世界の七つの地方へ派遣し、その偉大な君主の乙女七人を集めさせてください。陛下は一週間の間、屋敷に一人ずつ置かれた乙女と甘く楽しい語らいをなさってください」

そう言い終わると、「それからまた」と三男が付け加えた。「陛下の帝国の七つの大都市で、町一番の語り手が陛下の御前へ参上するようにと御触れを出してください。面白い話をした者には大いに褒美を与えて町へ帰らせるからと」そこでバフラーム王は若者が示唆した三つのことをすぐに実行せよと命令した。屋敷の建設が始まって、まもなく完成した。七つの屋敷が建てられ豪奢に飾り付けられると、それぞれに一人の娘と一人の語り手が配置された。若者たちの助言に従って、月曜日の早朝、王は輿に乗って最初の屋敷へ向かった。屋敷は銀で飾られ、王は、自分と宮廷の者たちもみな同じく銀色の服を着ることを命じた。屋敷に入ると、病で体が弱っていた王は見事な美しい寝台へ身を横たえ、乙女を傍らに呼んだ。彼女と長い時間あれこれ楽しい会話をして過ごし、夕べの祈りの時間を少し回ったところで、語り手を呼びにやった。語り手が王の前に来ると、相談役の一人からなにか面白い物語を語るよう命じられた。その命令に従い、まず皇帝の手に口づけしてから語りだした。


[II] 月曜日「鸚鵡になった王」へ続く→